[ http://s.news.nifty.com/economy/economyalldetail/yucasee-20130113-12772_1.htm :title]
切なくなった。悲しい。
私は今25だ。平均で夢を諦める年齢は終わったらしい。
もちろんこれは平均だし、夢を諦めなきゃいけないわけではない。わかっている。
ただ、私の上の世代の人たちが、だいたいこのくらいに諦めた、と言っているのだ。それだけだ。
他者の過去の経験とは、とても参考にならないけれど、妙に説得力がある気がするのだ。何せ、誰かが前を通ったことがあるんだから。
私には今そこまで夢はない。まだ模索してるというのが正しい。
たかが四半世紀、されど四半世紀生きてきた。多少の挫折はした。気がする。
他人と比べたら、ささいなことで折れたのかもしれない。諦めて逃げたのは否定できない。
でも、また夢見たっていいじゃない、模索してもいいじゃない、と思ってしまう。許して欲しい。というか、寿命75とかだったら、まだ三分の一しか終わってないんだ、とも思う。
ああこれを青い鳥症候群というのかなぁ、とぼんやりと思いつつ。
思うのだが、自分には覚悟が足りないのかもしれない。
こういうときの覚悟で大きいのは、きっと将来家族を持ったら、というものだ。というか、子供だ。
子供をもつには、幸せにするには、強い基盤が必要だと思う。
私は子供が欲しくない。そこまで強い基盤はいらない。からこそ何かしてもいいんじゃないかとも思う。
食えなくなったら?醜く生きるかうっかり死ぬかでいいじゃないとも。
というか、逆に、22で、将来全部決めるってそれがすげーよ。
その点で親はすげーなと思う。
そこで迷いはなかったのか、あったときに、動くことまでしなかったのか。
あとあれだよね、この夢を諦めた年齢って、新卒主義絶対絡んでる年齢だよね。
諦め切れてないなぁ。諦めきることがいいことか、諦めの悪いことがいいことか、よくわからないや。
まだまだ、いきかた、模索中。青いねぇ。若い。本当に?
許されるの?こわい
若さと決断についてはなんかもうちょっと思考がまとまったら別の形にしたいなぁ。
本当は、悪の華と絡めてかきたかったけど、無理でした。
いいんだ、これくらい汚いくらいで。
文章になってないくらいで。
ここは、そういう場所なんだ、私にとって。